世界構想プログラム
N3 Program(Node of Narrative Network)
Thank you for
5th Anniversary Messages
Message 08
知のすなば
西 怜香 氏
株式会社レイ
プランナー
世界を、構想する。
大きなフレームに一瞬たじろいだような気もします。
なぜなら、私における世界とは、仕事と子育てがほぼ全てであり、
即効性を求め/求められの非常に即物的でコマ切れの性急な…そんなような景色だからです。私と世界のあいだに、何が描けるのだろうか。その疑問が身の構えになり、たじろぎを引き起こしたのでしょう。
ビジネスにおいて従来のセオリーが効かなくなった、とは耳にするし、実際にそんなような肌ざわりも感じている。
イノベーションというフレーズも耐用年数が切れているのでは?と感じる程には連呼されている。
ではそんな現在から、次の一歩を考え動かして行くには。
「第3カーブ・ビジネス」が教えてくれた事は、
まさに、今現在を生きる全ての人にとって、
共有可能な大きな方向性であり、考え方の背骨であると感じました。
入り口はビジネスやマーケティングなのだけれど、
個人や組織が、主体的にその手で自分と世界の関係をつくりあげる事、
そのための思考の背骨。
世界を、”人間”を中心にとらえるのでなく、
生物も機械も鉱物も含んでその関係の中でとらえてみる。
一見、途方もない話のように思えるのですが、これは、自分というフィルターを通して世界との関わり合いの解像度を上げていく事にも感じられました。
世界構想プログラムに集まる人は、実に多彩です。世代も、セクターもまたぎ、一体どこから集まってきたの?と思ってしまうような豊かなメンバー構成でした。
設樂さんの導きによって、そこに集まった人が感じ、考え、対話する中で、扉が1つ、また1つと開いていくような感覚。
あの場所は、「ここでなら自分をだして大丈夫」という自己開示の安全性が保たれた…例えていえば、砂場のように自由で、没頭できて、新しいカタチを試せる場所だったと感じます。
泥団子を丸めたり磨いたりしたように。
城をつくって、水を流したように。
一緒に遊ぶ友達の街と自分の街が、砂に描いた線でつながっていったように。
「Aを入力したらB、そしてC、Dという効果が得られます!!」
といったようには、事の因果は語られません。
ただし、私にとっての事実として、ここで得られた思考法を背骨にまとめた企画書はプレゼンに通り実を結び、ここに集まった方と、新たに地域の課題について検討したり、小さな試みで腕試しを重ねることで、世界をメイキングしていくという事を続けている。
いつだってそこからしか話は始まらないし、それこそが大切な気がしています。
今後ともこの素敵な知の砂場で、春の泥にたわむれるような喜びが続いていくことを願っております。
最後に、私がこの振り返りをまとめるにあたって…
つまり世界構想プログラムの場が提供していた手触りや温度感を思い出すにあたって、連鎖して頭に浮かんだ作品を記して、結びとさせていただきます。
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●「文化というものは理想がなければ観念の遊戯と区別がつきにくい。この理想は一口にいうと、心の故郷をなつかしむというような情操を欠いてはわからない」。(岡 潔/松岡 正剛の千夜千冊 947夜 春宵十話より抜粋)
https://1000ya.isis.ne.jp/0947.html
●Philosophy of the world - The Shaggs
https://www.youtube.com/watch?v=hxPsXPCR5MU
●ひとの居場所をつくる: ランドスケープ・デザイナー 田瀬理夫さんの話をつうじて 西村 佳哲